第6回 2003年 8月18日から25日(第29日〜36日目)
山寺(天童) から 鶴岡・酒田→ 象潟→酒田 → 大山・水沢
第1日 天童 〜 大石田 第2日 大石田 〜 新庄
第3日 新庄 〜 狩川 第4日 狩川 〜 羽黒山〜 鶴岡
第5日 鶴岡 〜 月山--湯殿山〜鶴岡 第6日 鶴岡 〜 酒田 〜 吹浦
第7日 吹浦 〜 象潟--酒田 第8日 酒田 〜 大山・水沢
おくの細道 立石寺 ---- 村山 ‐‐‐‐‐‐ ★大石田 | |
第1日 2003年 8月18日(月) 立石寺(天童) ----- 村山 ----- 大石田(★新庄) |
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東根市 松並木 六田宿の 句碑 追分茶屋道標
左へ大石田 |
雨の最上川 歌仙碑と説明板 西光寺句碑 |
前回歩けなかった袖崎-天童を天童から再開する。 県道22号(羽州街道)を行く。道は途中東根市に入り120号 となり(一部県道29号、国道13号を通る)、袖崎先の大石田 分岐の「追分茶屋道標」まで、ほぼ一直線で北進する。 東根市役所を過ぎた「六田宿」地内の県道沿いにある「斉藤 本店」敷地内に芭蕉句碑が建つ。私有地のため許可をいた だこうと事務所に行くと、人懐っこいおばあさんが出てこられ、 ここに説明が書いてあるからと、わざわざ資料まで頂くことに。 碑面には「もがみにて紅粉の花の(咲)わたるをみて」ばせを 「眉はきをおもかげにして紅粉の花」 が刻まれている。と資料にある。 |
再び県道120号をひたすら北上する。途中で4キロほど県 道29号となり、国道13号を少し通るが、大石田への県道 189号分岐まではほとんど県道120号を北進する。 前回の終了地点「袖崎」を過ぎ国道を横切ると、「追分茶屋 道標」のたつ大石田への分岐になる。道を左にとって県道 189号を大石田へ。 すぐに最上川沿いに出る。 川は雨のため大増水し、濁流となって流れている。 大石田に入って大橋の傍にある「一栄宅跡の歌仙碑」と、 「西光寺」を観て廻る。 西光寺句碑 中央が「さみだれをあつめてすゞしもがミ川」。 |
おくの細道 大石田 --- 名木沢 --- 猿羽根峠 --- 舟形 --- ★新庄 | |
第2日 2003年 8月19日(火) 大石田 --- 名木沢 --- 猿羽根峠 --- 舟形 --- ★新庄 |
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向川寺 猿羽根峠入口 舟形側の公園 |
一里塚 柳清水と句碑 市民プラザ前の句碑 |
朝、黒瀧橋を渡った山麓にある「向川寺」を見て県道305号 (西部街道)に戻り、奥羽本線に沿って北上する。 名木沢で国道13号(羽州街道)に入り、2キロほど行くと右に 猿羽根峠への入口がある。この日は入口が道路工事?中で 取っ付きから造成の道を行く羽目に。すぐ整備されたゆるや かな登りになる。しばらく大石田側の峠道を行くが、登りきった 舟形側は立派な小公園になっている。道を下るとすぐに国道 13号に出る。新庄までただ北上するのみである。 |
南新庄駅を過ぎて10分ほどで斜め右の旧道に入る。 鳥越の「一里塚」(羽州街道跡新庄城下南入口の標柱)を 過ぎてすぐ右に入ると「氷室の清水跡」が復元されている。 柳がなびく小公園となっており芭蕉句碑が建つ。 句は「水の奥氷室尋る柳哉」。 新庄の街中に入ると、市民プラザ近くの商店街に 「風流亭跡」、「盛信亭跡」の標柱が建っている。 市民プラザ前には 芭蕉の句碑「風の香も南に近し最上川」と説明板がある。 |
奥の細道 新庄 ‐‐‐ 本合海 〜〜〜最上川〜〜〜 清川 --- 狩川 --- 羽黒山(★南谷) | |
第3日 2003年 8月20日(水) 新庄 ‐‐‐ 本合海---古口 〜〜〜最上川〜〜〜 草薙 --- 清川--狩川(★酒田) |
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案内板 芭蕉乗船の地と句碑 最上川 |
舟下り乗り場 増水の最上川 白糸の滝 |
朝から雨、宿を出て国道47号(鶴岡街道)を西に本合海へ。 標示板で道を左にとると「芭蕉乗船の地」があり、芭蕉・曾良 の像と句碑が建つ。 句は 「五月雨をあつめて早し最上川」、本合海大橋からの 最上川は雨で増水し迫力満点。 |
再び47号を川沿いに行く。古口大橋を右手に見て左に廻り 込むと間もなく「観光舟下り」の乗り場に着く。 「戸沢藩船番所」を模した乗り場は天気に関係なく、増水 した白濁の川面を舟が次々と出てゆく。 川を下る事50分弱、「白糸の滝」が見えると「草薙リバーポ ート」の降り場に着く。今日の水量はいつもの約倍とのこと。 愚作「もどり梅雨大河の最上舟下り」。 |
芭蕉上陸の地標柱と案内板 |
芭蕉像 句碑 |
草薙リバーポートから再び川沿いの国道47号を清川に向う。 ときおり現れる洞門で車を気にしながらの歩きである。 東雲橋を渡り旧道に入っても、そのまま国道を行っても、 いずれも清川小学校裏の「芭蕉上陸の地」(清川関所跡)に 行ける。 |
「芭蕉上陸の地」の標柱と案内板がある広場の傍に、 立派な芭蕉像と芭蕉句碑が建つ。 「五月雨を集めて早し最上川」の句と 「清川史跡、清川関所跡、芭蕉庄内上陸地」を刻んだ銅版 が嵌め込まれている。 |
奥の細道 羽黒山(★南谷) | |
第4日 2003年 8月21日(木) 狩川 --- 手向 --- 羽黒山(出羽三山神社) --- 手向 --- ★鶴岡 |
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県道46号 歴史の道案内板 黄金堂 三山句碑 |
随神門 五重塔 一の坂 |
朝、酒田のホテルから狩川に戻る。 狩川駅を出て県道46号(羽黒立川線)を南下し羽黒に向う。 途中添川から羽黒に入る手前の藤島町に「歴史の道」標柱と 案内板がある。県道47号交差点を左折し、黄金堂を過ぎると すぐ手向(とうげ)の門前町に入る。 宿坊「大進坊」の前に「三山句碑」が建つ。 |
宿坊街を抜けたバスセンターの前が出羽三山神社入口。 随神門を入り石段を少し下りて祓川を渡ると、左の杉木立 の中に国宝「五重塔」がある。 ここから約2キロの石段の登り道になる。一の坂、二の坂、 三の坂と続く杉並木の参道を登りつめて行く。 |
三日月塚 芭蕉塚 |
南谷標柱 芭蕉句碑 |
二の坂を上がったところの茶店の先すぐに「芭蕉三日月塚」 の標柱が建つ。右に入ると二基の燈篭の中央に芭蕉塚が 建っている。 |
「三日月塚」の先に南谷の案内板があり、右に500メートル ほど入ると「羽黒山南谷」の標柱、その先の小公園に芭蕉 句碑がある。 句は 「有難や雪をかほらす南谷」。 |
山頂鳥居 三神合祭殿(出羽神社) |
三山句碑 |
南谷から戻り、三の坂を登りきると赤い鳥居が立つ山頂に。 鳥居をくぐると三神合祭殿(出羽神社)はすぐである。 天気が良くなくモヤがかかっているが、鏡池を挟んで見る祭殿 は周囲を威圧するほど重厚な建物だ。 |
参集殿を廻りこんだ蜂子皇子陵の前には芭蕉の行脚像と 大きな三山句碑があり、「涼しさやほの三日月の羽黒山」、 「語られぬ湯殿に濡らす袂かな」、「雲の峯いくつ崩れて月の山」 の三句が刻まれている。 羽黒山参拝の後再び石段を降り、手向から県道47号で 鶴岡へ向かう。途中に赤い大鳥居が建っているがここが 羽黒への入口(出口)になるのだろうか。 |
奥の細道 羽黒山(★南谷) ←ーー→ 月山←ーー→湯殿山神社 羽黒山 --- ★鶴岡〜〜〜★酒田 | |
第5日 2003年 8月22日(金) 鶴岡==バス==月山八合目ーー月山ーー湯殿山神社==バス== 鶴岡( JR )★酒田 |
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8合目案内板 石の登山道 9合目仏生池小屋 |
ミヤマキンポウゲ 仏生池小屋上から 月山神社本宮 |
朝一番のバスで月山8合目へ。今回この時期を選んだのは この月山登山のため(この後はバスの運行が土・日祝に限ら れる)。今まで曇/雨の日が続いたがこの日は天候にも恵まれ て曇/晴の予想。時折激しいモヤがかかるがこれも山ではの 天候だ。 8時40分に8合目弥陀ヶ原をスタートする。 このコースは石の登山道で、急な登りも少なく気持ち良く行く。 9合目辺りから高山植物が多く目を楽しませてくれる。 |
9合目の仏生小屋上からは猛烈な風とガスが吹き上げ、 小屋に飛来したヘリも風でホバリングもできず、早々に引き 返して行く。 これも一時的でしばらくして晴れる。 山頂までは自然保護のため、所々に木道が敷かれている。 10時35分山頂に着く。句碑を探して鍛冶小屋と山頂を行 きつ戻りつし、神社の宮司さんに尋ねるが、結局探せない まま湯殿山に向うことに。 |
湯殿への登山道 装束場 湯殿山神社 句碑 |
芭蕉乗船地跡 長山重行宅跡 日枝神社句碑 |
いきなり急坂が続く。鍛冶小屋を過ぎてからも石のガレ場を 一気に下るが、何故か登山者はこちら側が多い。 こちらのルートは姥沢からリフトで途中まで上がれるからか。 途中で牛首、姥沢分岐を右にとり装束場を過ぎ、月光坂の 急崖を鎖と鉄梯子で降りると「湯殿山神社」は近い。 「湯殿山本宮」前の登山道口に芭蕉・曾良の句碑がある。 右芭蕉「語られぬ湯殿にぬらす袂かな」 左曾良「湯殿山銭ふむ道の泪かな」 |
湯殿を13時30分発(これを逃すと次まで3時間待ち)の バスで鶴岡に戻る。鶴岡市内の芭蕉ゆかりの場所は 左内川に架かる大泉橋の「芭蕉乗船地跡」、ここからすぐ の芭蕉滞留地「長山重行宅跡」、と日枝神社境内弁天島 鳥居横の句碑。 句は「めづらしや山をいで羽の初なすび」 芭蕉たちは鶴岡から酒田まで船で赤川を下ったが、 私はJRで酒田に向かう。 |
奥の細道 酒田 --- ★吹浦 | |
第6日 2003年 8月23日(土) 酒田 --- ★吹浦 |
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不玉宅跡 芭蕉像と 句碑二基 |
保安林の道 句碑 十六羅漢岩 |
朝、酒田市内の芭蕉ゆかりの地を巡る。 本町通りに近い不玉宅跡、日和山公園の芭蕉像と句碑。 左 「暑き日を海に入れたりもがミ川」 右 「温海山や吹きうらかけてゆふ涼」 市内から豊里で国道7号「おけさおばこライン(酒田街道)」 に入り象潟へと北上する。 |
途中、比子で庄内海岸を行くか迷ったがそのまま北上し 藤崎から国道を離れ脇道へ。これが大誤算で結局十里塚 までの30分ちかくを飛砂防備保安林の中を行くはめに。 またこの日は吹浦で宿がとれず、一つ先の湯ノ田まで行く 羽目に。降り出した雨のなか丁度小さな岬の角にある句碑 と十六羅漢岩を見て宿に向かう。 句碑 「あつみ山や吹浦かけて夕涼み」 |
奥の細道 吹浦 --- 三崎峠 --- ★象潟 ーーーー→ ★酒田 | |
第7日 2003年 8月24日(日) 吹浦 --- 三崎峠 --- 象潟 ( JR ) ★酒田 |
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雨の国道7号 三崎峠入口 峠道 |
峠の県境 一里塚跡 文学碑 |
朝から激しい雨で出発を1時間ほど遅らすが止まず、雨の中 歩き始める。女鹿を過ぎてしばらくで三崎公園に着く。三崎を 廻り込んで遊歩道が延びるが、旧道は駐車場の横からタブの 林の中を行く。落ち葉の峠道は少しの間だけ。 あとは小石の道を蜘蛛の巣を払いながら登って行く。 |
頂上付近の県境案内板を過ぎると下りになり、途中にある 「一里塚跡」を見て車道に出ると文学碑が建つ。 曾良日記「十六日吹浦を立ち・・・」の一節が刻まれている。 この先は草道になり道筋がはっきりしないためエスケープし 国道7号に出る。象潟までは国道と脇道を交互して行くが、 所々で「新奥の細道」の道標が多く見られる。 |
向屋跡 能登屋跡 舟つなぎ石 |
庭園の芭蕉像 蚶満寺山門 翁塚 |
国道から左へ象潟の街中に入ると「蚶満寺」までの道筋に、 「芭蕉宿泊地跡」や関連の説明板が多く見られる。 写真左 「向屋跡」、中 「能登屋跡」、そして欄干橋のたもとの 「舟つなぎ石」など。 ここから海に浮かぶ島めぐりの舟が出たと言う。 |
国道7号に出て北に少し行き羽越本線を渡ると「蚶満寺」 がある。庭園には芭蕉像と句碑が建つ。 「山門」をみて拝観所から本堂に行き、本堂左から裏庭に 出ると、真中に「芭蕉翁」 右に「象潟の雨や」 左に「西施がねぶの花」 (発案)が刻まれた「翁塚」がある。 |
象潟八十八潟 九十九島 三景 |
「芭蕉文学碑」と 「奥の細道記念切手碑」 |
蚶満寺から裏手に回り、かっての景勝「八十八潟 九十九島」 を巡る。今は田んぼの中に点在する松の小丘が当時の面影 を残すのみである。 田んぼの稲穂を、風に波打つ海に見たてればやはり島に見え るじゃありませんか。 写真右は初めて姿を見せた鳥海山と九十九島。 愚作 「象潟や稲穂の波に島浮かび」 |
象潟駅前に「芭蕉文学碑」と「奥の細道記念切手碑」がある。 文学碑 「きさかたの雨や西施がねぶの花」 「ゆふ晴や桜に涼む波の花」 「腰長や鶴脛ぬれて海涼し」 切手碑 右 「象潟や雨に西施がねぶの花」 左 ねぶの花の絵 JRで酒田に戻る。 |
奥の細道 酒田 ---------- ★大山 | |
第8日 2003年 8月25日(月) 酒田 -------- 大山・水沢 第6回是迄 |
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出羽大橋から 十里塚の 浜中の赤川 最上川河口 庄内海岸砂防林 |
七窪標識 善宝寺山門 町名標識 |
駅前のホテルから国道112号線に出る。 最上川を出羽大橋で渡り、庄内海岸砂防林(白砂青松100選 だそうである)を右に見て一路南下する。 途中の袖浦橋で、芭蕉たちが鶴岡から酒田まで舟で下ったと される赤川を渡り、延々と続く松林の国道112号をただひたす ら歩く。この道は芭蕉ゆかりのものが何も残っていない。 浜中で庄内空港の下をくぐりさらに南下する。 |
七窪交差点で標識どうり左にとり地方道を大山に向う。 しばらくで立派なお寺「善宝寺」前を通る。 休憩をかねて見学し、門前の食堂で昼食にする。 大山に入って時折見かける町名標識の一つ、「ここは尾浦 の里 旧栄町」とある。再び国道112号線を渡り直進すると 「羽前大山」駅に着く。 駅で列車待ちの時間があったので一つ先の「羽前水沢」駅 まで行き、次回の再開駅とする。 |