ぶらり旅  2005年11月 7日 東海道杖衝坂 日永追分から亀山宿


 芭蕉の句碑を訪ねて東海道杖衝坂を歩く。三重県の東海道は、5月に桑名から日永の追分までを歩いているので、
 追分から歩く。近鉄内部線の追分駅を出てすぐに道を左にとり旧道に入る。結構車が多い狭い旧道をしばらく歩き、
 内部駅付近で国道1号線を横断する。内部川を迂回路(かっての旧道は橋が架かっていたが今はない)の国道
 内部橋で渡る。再び国道を横断し静かな旧道歩きを楽しむ。杖衝坂の標識で道を曲ると道は急に上りになる。
 くねくねと曲る道を登っていくと、左に「史蹟 杖衝坂」の石碑と常夜灯があり、傍に芭蕉句碑が建っている。
 句は「歩行(かち)ならば杖つき坂を落馬かな」(笈の小文) 。宝暦6年(1756)建立で、昭和51年に移築したと
 ある。追分駅から30分強である。坂を上りきる(といってもそれほど急な坂ではない)と、すぐに国道1号線にに出る。
 しばらく国道を歩き一度旧道に入ったあと、再び国道を横断して石薬師に入るが、横断する場所を間違える。
 よくあることだ。
   
  杖衝坂        石碑           常夜灯           芭蕉句碑   

 途中から旧道に戻り石薬師宿に入る。石薬師は歌人で国学者である佐佐木信綱の生家が残り、 多くの家にも歌
 のしおりが取り付けられて信綱一偏の集落だ。静かな旧道を小沢本陣跡や、佐佐木信綱生家、などを見ながら通
 り過ぎる。国道を橋で渡ると石薬師宿の名前の由来となった「石薬師寺」がありる。 旅人たちはここに詣でて旅の
 安全を祈ったという。宿はずれの石薬師一里塚を過ぎると道は国道とJR関西線を繰返し越しながら庄野宿へ続く。
 車の多い国道歩き、JR加佐戸駅を見て右に折れると庄野宿に入る。
      
       石薬師宿              本陣跡      佐佐木信綱生家      石薬師寺      石薬師一里塚
 
 庄野宿は宿場の面影が色濃く残り、往時を偲ばせるが特に当時の残るものはない。宿は南北八丁からなり、
 宿入口の加茂町、中町、上町からなる。すぐに宿場を抜けると、道は国道を横断して川原町から中富田・西富田
 へと入る。川原町のはずれに「従是 東神戸領」と刻まれた古い石燈籠の石柱が建っている。
 ここから中富田、西富田と行くが、途中川俣神社に「従是 亀山領」と、「中富田一里塚」の石柱がある。
 
   
          庄野宿入口 と 庄野宿資料館                      石燈籠         中富田一里塚と亀山領石柱
  
 西富田から道は安楽川を和泉橋で迂回し渡る。和泉町、小田町の境に「右 のゝぼり道」の道標が二つある。
 野登山はここから北西に直線距離で約10キロ。山頂に古刹「鶏足山野登寺」を抱く信仰の山でもある。
 小田を抜けJR関西本線の踏切を渡り、井田川駅を過ぎて国道を横切り、椋川を「川合椋川橋」で渡る。先の国道
 バイパスをくぐりしばらく行くと左に「和田の道標」が建つ。元禄3年(1690)に建てられたもので、「従是 神戸白子
 若松道」と刻まれており、亀山市内に残る最古の道標とある。
 右に石上神社を見るとすぐに「和田の一里塚跡」がある。平成13年に新しく復元されものである。

       
         「のゝぼり道」 道標                 和田の道標        和田一里塚跡

 
                    
                   人形坂           亀山宿 石標
  
 一里塚跡からすぐに国道306号線を横断すると、旧道は亀山宿本町へと入る。本町四丁目、三丁目、二丁目、
 一丁目と通りを行く。この辺りは各戸に「・・・・跡」の木札がかかり、昔の様子を残そうとする工夫がされている。
 本町一丁目の「江戸口門跡」から東町に入り、東町一丁目先で左折。色割された旧道を行き、連子格子の家が
 残る人形坂をくだると、すぐに亀山城址への道を分ける。角に「東海道 亀山宿」と刻まれた立派な石標がある。
 東海道杖衝坂の芭蕉句碑を見るぶらり旅。結局亀山まで来てしまった。道を左にとりJR亀山駅に向う。

                              もくじ